みなさん、こんにちは。登山大好きisofss(イソフス)です。今日、悲しいニュースを見ました。北海道での遭難事故。姉たちと一緒に登山をした15歳の少年の行方が分からなくなっているという内容でした。私も子供たちとよく登山に出かけます。しかもよその家の子です。8年で20回以上一緒に山に出かけましたが事故は未経験です。当たり前です、命を預かる冒険だから。ちょっと黙っていられなくなりました。乱暴なタイトルですが思いの丈を綴ります。

ここはディズニーランドではないのだ。

これは登山家の岩崎元郎さんの言葉です。そうなんです!登山は冒険なんです。多くの人が山に魅せられるのは、そこが生を感じる場所、平和な日本で命のやり取りを感じさせてくれる冒険の場所だからだと思います。これは大袈裟な表現でしょうか?登山をしたことのない人か、ユルい気持ちで山に足を運んでいる人であればそう判断するでしょう。私もそうでした。想像できないんですよ、まさか自分が事故に遭うなんて。まさかね。

滑落するとは?

全く自慢にならない経験ですが(まだ子供たちを伴って登山をする前の時期に)山で滑ってコケたことがあります。濡れていた岩場に体重を乗せてしまい、あっという間に滑りました。↓当時の写真です。滑る直前だったと記憶しています。写真を撮る余裕がある状況でした。下山中です。

なんてない近所の低山で。

滑って落ちた距離、約2m。めちゃくちゃ痛かったです。まず尻もち。無防備の状態で石にお尻を打ち付ける痛さ、想像できますか?また手をついた時に手袋で守り切れなかった手首の付け根部分が擦りむけて流血しました。たかだか2m滑っただけなのに今でも記憶に残っている痛覚。まだ2mだったから思い出話になっていますが、これが落差20mだったらブログに書けない内容になっていたでしょう。

2m滑って怪我しました。

この山、険しい山ではなく片道2時間程度の標高1000mに満たない低山でした。聞いて下さい!経験が少ない時期や、低い山である時ほど、山は危険です。今回の北海道の事故現場(恵山)も標高618mの低山です。そして遭難したのは単独行動で下山していた15歳の少年。仮に少年が数mでも滑落していたとしたら…もしかしたら動けなくなっている状態かもしれません。気の毒過ぎる。

下山×単独行動、の意味。

一般的に「事故の七割は下山中に起きる」と言われています。登頂の喜びの後ですから気が抜けていても無理のない状況です。上述の私のズッコケ話も下山中でした。そしてもう一つ、単独行動の危うさも見過ごせません。(これも子供たちを登山に連れていく前の時期ですが)厳冬期の単独登山の帰り道に天候が急変して視野が数mになったことがあります…。もともと温かい九州の山です。まさか↓こうなるなんて思ってもいなかった。まさかね。

ここ、温かい九州の山です。

山の天気は変わりやすいと言われますが、本当にそう。極端な天候の中で孤立してしまった時の恐怖感なんて普通想像できません。少なくとも私は想像すらしていませんでした。こういう失敗…自然の力は頭で考えるよりずっと大きいことを身をもって経験したことは、今となっては子供たちと登山を一緒にする上での安全概念の礎になったと思います。失敗しても遭難を経験せずに済んだのはタダのラッキーでした。

憧れていた登山家の死。

個人的な事ですが、登山を始めるきっかけになったのは栗木史多さんのエベレスト挑戦のNHK番組でした。2011年に放送されていた番組で、それはそれは衝撃を受けました。自分が栗木さんと同年代だったこともあり「こんな同世代がいるのかぁ!」と、かなり影響を受けた登山家さんでした。本も買いましたね、懐かしいなぁ。

でも彼は帰らぬ人となりました。そのエベレストで、です。栗木さんの登山スタイルについては賛否両論が集中するテーマです。誰もやったことがない冒険に挑むために危険と非難を承知で独自の登山スタイルを選び、何度も失敗し、凍傷で指を失っても挑戦をやめず、最終的に命を落とす…という。そこにどうこう言うつもりはありません。今となって言えることは大義のために死んでも・うっかり命を落としても、どっちも同じってこと。山は生を感じる場所であって、それ以上であってはならない。絶対に死んじゃだめ。これを書きながら思い出しました。映画「岳」の中で三歩が久美に質問したフレーズ「山で捨てちゃいけないものは?」答えは「ゴミと命!」。

映画は随分エンタメ寄りになっていましたが、原作マンガの岳はかなりドキュメンタリー性が高い作品になっています。おススメです。

久々に、岳を読んだ。
その昔、山小屋で岳を読んだ思い出が…。

子供と登山。

本題です。子供にとって登山は…時に危険と隣り合わせの登山は、果たして健全なスポーツなのでしょうか?

答えは YES です!

朝日をみる2人。
朝日の美しさ。

もしお金に余裕があるのであれば、若いうちからきちんと装備を整えて、経験を積んだ大人と一緒に山に登ること。大人が若者に言葉だけでなく体験で命の尊さを伝えられるスポーツ、それが登山だと思います。蛇口を捻れば簡単に飲み水が出てくる稀有な富裕国家日本において、山には生を感じる何かがあると…そう思います。

満喫して帰途に着こう。

とはいえそこに子供がいるのであれば、事故や怪我の責任は全て大人にあるとも思います。だから万が一のリスクを回避するために全力を尽くすべきです。大人がどれほど安全を重んじているか子供は見て吸収しますから。お手本を示せないのであれば子供を山に連れていくべきではないでしょう。

北海道の事故について。

今回のニュースでは、年上の姉たちが同伴していたという内容しか報道されていませんでした。お姉さんたちが大人だったかどうかは分かりません。客観的に報道を読むと、下山時に一人で行動したいと言い出した少年を止めるべきだったのでしょうね。もちろん事の全容を知っている訳ではないですし、当事者を責めても何も解決しないので批判は辞めます。当然ですが「なんでこの時期に自粛していないんだ!自業自得じゃないか!」というコメントは不毛です。肝心なのはそこじゃない。

明日は我が身。

少年の無事を願いつつも、こうした悲しいニュースを読む私たち大人に出来ること…それは当事者意識を持つことではないでしょうか。決して対岸の火事ではない。もしかしたら次の登山で遭難するのは自分の子供かもしれない。

でも冒険をやめない。

山に挑戦する全ての人がこの意識を持ち、大人は自分のパーティの命を背負う覚悟を持つこと。山に集う時にはお互いをリスペクトし、頑張って登る見知らぬ子供を見かけたら「えらいな!がんばれ!」と声をかける。未来を背負う若者たちに山を楽しんでもらえるように奮迅するのは大人の特権です、きっと。

最後までお読みいただきありがとうございました。熱くなってしまいました。具体的な安全対策を書いていませんが、それは各自が自分の頭と経験で練り上げるのもまた楽しみのひとつ…ということで!

遭難した少年が無事に発見されることを願っています。もし無事に発見されたら!批判するのではなく「よく頑張った!」 と言いましょう。岳を読んでいる人だったらきっと分かってもらえる言葉だと思います。

追記。

「ここはディズニーランドではないのだ」の岩崎元郎さんの著書のリンクを下記に貼っております。今や調べれば何でも分かる時代。「知りません」は=「調べてません」と同義語ですから! そういえば過去にも別の遭難事故について書いていた記事がありました。どうもこの話題は黙っていられません。